空飛ぶ虚ろ舟

           
江戸時代に起きた未知との遭遇

200年前、常陸国の海岸にUFOが着陸

古川 薫/文藝春秋


今から約200年前の享和3年(1803)2月22日六ツ刻(夕方6時ごろ)、小雪まじりの寒い日、太平洋に面した茨城県北茨城市の磯原海岸で漁民たちが“未知との遭遇”を体験しました。このドキュメントの概要については『虚舟』で検索するとWikipediaで解説を読むことができます。当時、村民の証言をもとに描かれた図版は国立公文書館のサイトに掲載されています。

この話は、歴史小説作家、古川薫氏(81)が『空飛ぶ虚ろ舟』と題して地方紙に連載し、10年前文芸春秋から単行本として出版されました。この出来事から20年後、滝沢馬琴の子息である宗伯が現地調査に赴きます。目撃者から話を聞くうちに驚くべき事実が次々に明らかになります。直径5メートル(3間)の巨大な光の円盤が人々の頭上から降りてきたとのこと。UFOが墜落したと伝えられるロズウェル事件より140年も前に、日本ではUFO着陸遭遇事件が起きていたのです。

なんと江戸幕府はこの件に関して、口封じのため厳しい“緘口令”を敷いたのです。時代が変わっても政府のやることは同じ。この点、日本は米国政府より先輩だったのですね。しかし馬琴は、日本国内の不思議話をまとめた『兎園小説』にこのUFO遭遇事件を加えました。当時、このようなトンデモ話に興味を持つ好事家たちが“兎園会”(とえんかい)と称する会合を持ち、情報交換をしていたとのことです。

UFOファンの立場からこの出来事を見ると、いろいろ興味が尽きません。第一印象ではプレアデス系のコンタクトケースに酷似しているように思われます。女性搭乗員は、アスケット(Asket)もしくはセミヤーゼ(Semjase)を彷彿とさせます。シンボルパターンの一部も共通しているように思われます。

このエピソードには以前から注目していましたが、今度、機会を見て北茨城市の磯原海岸に現地調査に行ってみたいと思っています。

国立公文書館(虚舟と搭乗員を描いた図版)
http://www.archives.go.jp/event/natsu/030722.html


2006/10/30




“蛮女”が抱えた箱の謎

この『空飛ぶ虚ろ舟』は滝沢馬琴の日記や書簡などの資料を基に、古川氏が綿密な時代考証を行ない、再構成した作品と理解します。登場人物の対話は作者の創作ですが、人々の生活や心理が生き生きと描かれているように思います。 車も鉄道もない時代、江戸から常陸国のUFO遭遇現場までは徒歩で出向いたのです。

屋代弘賢が描いた図版をじっと見つめていると、いろいろ空想が膨らんできます。文字らしきパターンについて神代文字との共通性を照合してみたのですが、なさそうです。ユミットが残したパターンやアダムスキーが関わった文字はどうでしょうか。

すぐに思い浮かぶのは“王”や“玉”、強いてあげればキリル文字の“Ж”や漢字の“水”を横にしたものなどです。三角形はピラミッドと関係があるのでしょうか。いずれにしても遭遇者の記憶や話を基にしているので、正確な描写がされているかどうかはわかりません。

ここで描かれた蛮女は地下足袋にはかま着用というスタイルですが、女性の描き方として時代的な制約が表現に現れてしまうのかもしれません。現代的な視点で描きなおせば、ボディラインがはっきりしたウエットスーツにブーツ着用の長髪美女が“蛮女”(異星人)の本来の姿だったのかもしれません。

もうひとつ、特に気になるのは“蛮女”が大事に脇に抱えていた箱の存在です。空想をたくましくすれば、実はこの箱は人類の存続を左右する重要な装置として当時の村人に渡されていた・・・という着想はいかがでしょうか。数百年の後、その箱の秘密と謎が明らかになる。

のどかな時代背景や人々の生活、江戸の文化、滝沢馬琴と兎園会の個性的な顔ぶれ、UFO遭遇事件と“失われた箱”の謎・・・これらをうまく構成すれば、日本を舞台にした一大スペクタクル映画が出来るような気がします。

2006/11/06

2006/12/03一部改訂

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                                ---aquara



     


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