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地方自治体の主導による初めてのUFO国際シンポジウムが1990年11月17日から25日まで石川県羽咋市で開かれました。一地方都市のイベントとはいえ、デパートや遊園地で行われる客寄せ的なものではなく、公的な機関が海外の専門家を招いてUFOの謎に正面から取り組み、多くの市民の目をこの問題に向けさせ、理解する機会が提供されたことに大きな意義がありました。
パネリストとして、米国からUFO研究ネットワーク(ICUFON)代表のコールマン・フォンケビッキ一退役少佐、UFO研究基金財団(FUFOR
)理事長ブルース・マッカビ一博士、ソ連からソユーズUFO研究センター所長のウラジミール・アジャジャ博士、全ソ婦人科学者会議議長マリーナ・ポポビッチ博士、日本から海洋調査船開洋丸に乗船しUFOと遭遇した水産庁遠洋調査研究所・南太平洋生物資源研究室長の永延幹男博士、ジャーナリストの矢迫純一氏らが出席しました。ことに今まであまり知られていなかったソ連圏におけるUFO問題の実情と、政府機関による真剣な取り組みが紹介され、注目されました。
フォンケビッキーは、会場の一般参加者からの質問に対して、ビリー・マイヤーの件に関して「ドイツの秘密警察が依頼した鑑定ではUFO写真は偽物。UFOが周回したという木は、現地にはなかった。マイヤーはキリストの再来と自称している」などと真っ向から否定する一方で、アダムスキーを擁護する発言を行いました。
マイヤーが撮影した多数のUFO写真については、コンピューター分析の結果、トリックや自然現象ではないと言った民間の画像専門家がいますが、これを「偽物」とし、アダムスキーが撮影したUFO写真を「本物である」と言ってのけたことに、何か不自然な印象を受けました。
ソ連におけるUFO遭遇事件はたいへん深刻で、1989年において約5600人!がUFOにアブダクト(誘拐)され帰ってこない(アジャジャ博士)と耳を疑うような報告が行われました。また第3種接近遭遇のケースでは、その95%が人類にとって危険(ネガティブ)なものであり、病気が治療されたなどのポジティブなケースはわずか5%という報告もされました。
またポポビッチ博士は1908年にシベリアで起きたツングースの大爆発について触れ、「原因についてUFOの爆発説があり、異星人の墓を造るべきだという考えがある」と発言し、注目されました。ソ連では、UFOに関する秘密研究は以前から米国に負けず劣らず行われていたのでしょうが、近年の異常なまでの遭遇事件の増加のため、国民に対して政府機関は「知らぬ存ぜぬ」ではいられなくなった背景があるように推測します。かつては情報閉鎖国として名高かったソ連のこの急変ぶりには驚きました。
このシンポジウムは総体的には成功だったと思いますが、会場の模擬店コーナーでフランスの自称UFOコンタクティー、クロード・ボリロン(ラエル)の国内の活動団体が本の販売活動を行っていたことは興ざめでした。
会場近くの食堂では、名物?「UFOらーめん」が目を引きました。値段は忘れましたが、さっぱり味のスープに半切りゆで卵、UFOの絵をあしらったかまぼことメンマが添えられていました(写真)。味はまあまあ。今でもメニューにあるのか不明。また、みやげ物として土鈴「ベルリンリン」などのUFOグッズが売られていました。
1999/08/24(1990年のメモをもとに)
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