宇宙礼拝はどっちを向いて?
      宇宙ステーションにも神棚か


  宇宙時代において人々はそれぞれの宗教、信仰とどのように関っていくのかについては、すでにアポロ宇宙船に搭乗した個々の宇宙飛行士たちの内面的な姿勢がその問題を示唆しているように思われます。

  敬虔なクリスチャンであり月面着陸のさい船内で聖餐式を行ったとされるバズ・オルドリン、帰還後伝道家になったジム・アーウィンなど、『宇宙からの帰還』第2章「神との邂逅」で立花氏がインタビューした話の内容は印象的です。宇宙体験はかえって人間を敬虔にし、「神の存在」をより身近に感じさせるものなのかもしれない。

  出漁のさい漁師が地元の神社に出向いて安全と豊漁を祈願するように、日本で有人宇宙船を打ち上げることになれば、ロケットの前で神官が祈祷をしたり、船室の一隅に神棚が設けられたり、月面基地に神社や教会が設けられたりするかもしれません。残された家族たちもまた父の無事を祈って食事の前に手を合わせるでしょう。

  これらの行為自体は、いくら全行程がコンピューター管理されていることがわかっていたにせよ、そこに「人間」が関る限り続けられるような気がします。不思議といえば不思議、むしろこのような人間の行為は地球外知性体には理解し難いこととして映るかもしれません。

  そこで国際宇宙ステーションや月面基地、火星基地に祈祷の施設を設ける話が持ち上がった場合、教会か神社か寺院かなどを巡ってちょっとした摩擦が生じるかもしれません。これは物理的な境界の問題ではなくて、精神的な境界の問題になるため、無宗教・無信仰の宇宙飛行士も絡んでこじれると、厄介な問題になる可能性もあるでしょう。でも、方角の決まっている祈祷をする場合、宇宙空間ではどちらに向かって礼拝をすることになるのだろうか。太陽の方向?地球の方向?それとも銀河の中心に向かって?

  宇宙への進出は、人間の内面世界を広く深く拡張することによって、より敬虔にすると同時に、そこからまた更に根源的な宇宙の創造に思い至る新たな信仰を生み出していくのかもしれません。

   1998/01/18

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