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  生物から見た世界
    ヤコブ・フォン・ユクスキュル


  赤外線の眼、超音波の耳


  ユクスキュルの『生物から見た世界』(思索社/1973)は、異なる生物がその環境世界をどのように認知し、いま風に言えば、どのようなバーチャルな認識世界を構成しているのか、について考える上で参考になりました。

  地球外知性体が存在するとすれば、必ずしもヒトと同様の感覚・知覚能力を持っているとは限らないわけです。
 もし赤外線に鋭く感じる目、超音波まで聞き分けられる耳、異常に鋭い嗅覚や味覚、あるいは瞬時のパターン変化を認知可能な動体視力、重力や加速度に対する感覚、色彩の変化を「聞いて」しまったり、手指の触覚で「走査」(見て)しまうような感覚変換機能、あるいはそれこそ昆虫と同じように頭部にアンテナのような触角を備えた生物など、多様な感覚受容形態を備えた知的生物がいても不思議はないと思ったのです。

  仮にそのような生物がいたとして、おそらくその生物の認識世界に対応した環境条件がその惑星にあるか、あるいはその感覚器官を必然性とするような活動空間があることを想定できます。
  つまり、環境世界と生物の認識世界は「対」になる写像・トポロジカルな関係にあり、感覚器官はその双方を仲介するインターフェースのようなものでしょう。電子デバイスがさらに高度化すれば、キーボードを介さずに触角のような、脳とコンピューターを結ぶインターフェースを頭部に装着して機械と「対話」をするような知的生命体がいるかもしれません。
  あるいは、マイクロトランスミッターを脳にインプラントして、双方向コミュニケーションを成立させている知的生物も想像の範囲内です。

  いずれにしてもエイリアンが地球やヒトをどのように認識し、彼らなりの認識世界を構成しているのか、という問題は非常に興味深いし、“接見の時”には当然こうした問題をまず考えないと、双方の交流・交感は成立しないかもしれません。

  『生物から見た世界』はもう25年前に読んで感銘を受けた本ですが、あらためてその新鮮な視点に魅力を感じてまた読んでみたくなりました。

   1998/01/18



  「裏返し」の宇宙

  『生物から見た世界』に関連して、生物はそれぞれの感覚器官をインターフェースとしてトンボにはトンボの、ミツバチにはミツバチの、各生物なりの多様な感覚・認識世界と行動領域に対応した、いわば内的宇宙(バーチャル世界)を持っているように思われます。彼らにとって一つの森や野原は惑星であり、島や大陸はそれこそ銀河宇宙に匹敵するほどの広大な世界かもしれないと思うわけです。

  単純に想像すれば、われわれ自身、現時点で理論的に認識しうる限界の「最大宇宙」のその「外」に、更に「超絶的宇宙」が幾重にも展開していて、そのようなスケール観からみれば、われわれ人間は「森の中の昆虫」同然の存在です。
  しかしその昆虫的存在の人間は、飛行機や車を使って富士山麓の森からロッキー山脈の森へと移動が可能なように、宇宙的移動手段としてのUFOテクノロジーがあるとすれば、そのような対比の中に置いて相互の関係をイメージしないと実感がわいてこないかもしれません。

  ところで内骨格と外骨格の生物の対比に関連して、位相構造としての消化器官への着目もおもしろいと思っています。この新鮮な視点に初めて触れたのは、ジョージ・ガモフの『1,2,3・・・無限大』(白揚社)でした。

  この中で「生物は発生の初期(胚の時期)にいわゆる“原腸”という段階を経るのであって、その期間中は球の形をしていて、その中には大きな穴がくり抜かれているのである」という記述があります。口から食物を摂取し、肛門から排出する生物とその世界との構造的関係は、イメージとして「内」と「外」とがトーラス体(ドーナツ状)に象徴されていて興味深く思います。

  このドーナツを位相幾何学的に「裏返し」にしてしまうと、「外側の」全宇宙はその「内側に」内包されてしまいます。葉の上の一滴のしずくに全環境が反映していると見る、あるいは一つの細胞中の遺伝子にその生命体を形作る設計上の全情報が含まれていると見る、いわばホロニックな視点に立つと、人間と宇宙との関係もまた一体的不可分の構造的関係にあるのではないかと思えてきます。

   1998/01/28

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----aquara

 


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