XDAYへのステップ
米国政府がUFO調査情報の公開を決断し、実行するとすればどのような状況においてそうするだろう?と思うわけです。少し現実的な視点から、どのような状況において政府機関あるいは秘密政策委員会(のような機関)がUFO情報の公開に踏み切るだろうか、という点について考えています。
まず主体的に公開を行う場合です。これはあのロズウェル事件以来、連綿と続いた数々の不可思議な事件の総決算として、おそらく解明出来ない謎をまだ数多く抱えながらも、ともかくその明らかな事実のみを提示しようとする決断です。
その条件として、UFOが共産圏やいわゆる敵対する国家に由来する脅威ではなく、地球外を由来とする人類共通の脅威であり、あるいは同胞であることが確実な証拠を基に明確に理解される段階に達した場合です。「明確に理解される段階」に達しない状況での情報の公開は、いたずらに世論を混乱させ政治的な不安定要因となりますので、行わないはずです。
情報の公開は、同時に過去50年間、軍と情報機関が実行部隊となって政府が関わった隠蔽工作等を清算することでもあります。「なぜそうしたか、そうせざるを得なかったか」の大義が、まず米国民から理解される必要があります。「つまり、それほど深刻かつ重要な問題である」とする抗弁が必要です。
そしてまたそれは、地球外(あるいは異なる時空間世界)を由来とする来訪者たちのUFOテクノロジー解明への見通しが得られたか、あるいは逆に達成不可能を認める「敗北宣言」でもあるでしょう。
次に非主体的、受動的に公開を行う場合です。これはかなりまずい状況かもしれません。その要因として以下のような様々なケースが考えられます。
(1)まず「第2のロズウェル事件」が近い将来、米国などの主要都市近郊で起きてしまった場合。今日のような情報網が行き届いた社会で大規模なUFO墜落事件が起きたとしたら、もみ消すのは不可能に近いでしょう。
(2)決定的な情報のリーク。軍や情報機関関係者が確実な証拠とともに政府の意図に反して「発表」してしまった場合です。
(3)UFO側の公然の着陸、あるいは都市上空への滞留、電波・通信の占拠、攻撃などの場合です。これは現在の社会的状況ではかなりの混乱になりそうです。
(4)そのような直接的な示威行動によらず、UFO・宇宙人側が政府あるいは国連等を通じて「彼らの存在の情報」の公開を命令、あるいは要請した場合です。これはある程度の時間的準備段階を経て行われるとすれば、混乱はかなり抑えられるはずです。
(5)国際宇宙ステーションの建設や月、火星の探査、あるいはSETIなどを通じて地球外文明の証拠を公然と確認してしまった場合です。それに至る状況にもよりますが、この確率も年々高まっているように思われます。
(6)考古学的調査により、高度な先行文明の証拠となる明らかな遺物や遺構が大規模な形で発見された場合です。この可能性もかなり高いと思います。
(7)米国以外の国家が独自にUFOテクノロジーを開発してしまった場合です。おそらく現代の情報戦の狙いの一つにこのような最先端技術の開発動向の把握があると思います。
(8)多くの人々が「次なるステップへの能力所持者」として進化の兆しを現し始め、既存のさまざまな社会システムが有名無実化してしまい、人類社会の根本的な変革へと踏み込んでしまった場合です。
とりあえず思い付いた点として以上のようなケースが考えられます。今年がそのいずれか一つに該当する年となるかどうかはわかりませんが、今後も時々このようなテーマについて考えてみたいと思います。
1998/01/03
UFO情報公開は何をもたらすか
劇的な変化が訪れる時というのは「雪崩のようにあっという間に」起きてしまうものかもしれません。金属疲労のように長年の「社会システム的歪み」の蓄積によって生じたほころびが、ある日を境に「バン」という形で崩れてしまう、まさに旧ソ連の崩壊はそうした状況で起きたのだと思います。
なぜかこの時期には盛んにUFO遭遇等のニュースが報じられ、当時ソ連大使館が発行していた月刊広報誌『今日のソ連邦』にもUFO記事が特集されるほどでした。厳重に警備されていたベルリンの壁が壊され、東西ドイツが統一される様子は何かあっけないほどでした。あれから間もなく十年になりますが、次に控えている大きな変化とは何でしょうか。その「兆し」を何か感じ取れないでしょうか。
もしUFO・宇宙人情報が、全部とはいわないまでもその一部でも公開されたとしたら、世の中にどのような変化が生じるだろうか、あるいは生じないだろうか、という想定は興味深いものがありそうです。その変化の現われをポジティブ(P)な効果とネガティブ(N)な効果に分けて考えるとどうでしょう。
Pな面では、
・情報公開によってUFOテクノロジーの一端が示唆されればその絶大な将来性に関連企業の株が急騰するとか、
・現状の交通・運輸システムが新しいビジョンに塗り変えられてしまうとか、
・CO2 の排出をもたらさないクリーンなエネルギー供給システムの実現への見通しが得られるとか、
・時空概念の一大変革が生じ人々の人生観や信仰心が変わってしまうとか、
一々列挙すればきりがないと思います。 |
Nな面では、
・宇宙における地球人類の位置の低さ・後進性を思い知らされ、UFO宇宙人への依存心が募り、主体性を喪失してしまうとか、
・人類の出自や神々の秘密が明らかになることによって、「心の支え」としての信仰心の崩壊やアイデンティティーの喪失が生じるかもしれません。
公開される情報の程度にもよるでしょうが、少なからずカルチャーショックは避けられないと思います。これは様々な「社会的権威」の牙城に位置する人ほど激しい衝撃かもしれません。 |
UFO・宇宙人をテーマにした映画やメディアは、そのセンセーショナルで派手な面に目が向きがちですが、一人一人の生活の場面からどのような変化が生じていくのか、といった緻密な視点でまとめた作品が出て来てもよいと思います。
1998/01/11
相手を知るには「汝自身を知れ」
UFO情報の一部または全公開時期がいつになるのか、という予想はかなりむずかしいと思いますが、年々その方向に近づいている気はします。この種の核心的な情報の統括がどのような部署で、どのようなレベルで行われているのか、といった点については、表向きにはそのような情報自体が有り得ないことになっていますので、正確な予測は困難だと思います。
情報非公開の理由として挙げられる「パニック」に対する懸念については、たしかに近年、映画などの影響で多くの人が「馴化」されてしまったせいか、もしあのグレイのような宇宙人が本当にUFOから降りて来たとしても、一目散に逃げるようなことをせずに手を振って歩み寄ろうとする人の方が多いかもしれません。したがって、怒ったゴジラが都市を襲うような意味でのパニックは生じないかもしれません。
遭遇あるいは接見のさい、人間の心理的な面に大きな影響を与えるのはまず視覚的要素だと思います。現われ方、姿、形、容姿がどうかによって驚き方の度合がかなり変わるでしょう。
人間と同じような、いわゆるアダムスキーやマイヤーが主張しているようなタイプの美形宇宙人であれば、たとえ人類を征服することを目的に地球に降り立ったとしても、人間は彼らを「友好的な善なる同胞」と見なしてしまうかもしれません。逆に、爬虫類のような容姿をした宇宙人であれば、たとえ友好的な訪問を目的にやって来たとしても、人間は憎悪や警戒心を解こうとしないかもしれません。
その次に「ふるまい」がどうか。人間と同様な優しさ、機微に触れた細やかなふるまいをするか、あるいは機械的な冷たいふるまいをするか、目や口の動き、表情などが接見者の心理に揺らぎを与えるでしょう。声の調子、匂い、肌や手指の状態など、その全体の雰囲気がどのようなものかによって、接見者を安心させたり逆に不安や恐怖、パニック状態に追い込んだりするでしょう。言語による意思の疎通が成立すれば、それらの初期印象は理解という形で改められていくはずです。ユーモアが通じるようになればしめたものです。
はるばる地球まで来た宇宙人が人類との接触を考えるなら、まず人間のそのような性向をじっくり調べ、少なくとも「混乱」を来すような稚拙な手順は取らないだろうと思います。それは個人レベルでは、男、女、世代、感情と理性の度合、教養、信仰心などのカテゴリーに分類し、彼らなりに人間の個性や性向を分析するとともに、集合レベルではカップル、家族、地域社会、軍隊組織、国家、人類などの水準別にカテゴリー化して各性向の特性をまず把握するかもしれません。
多分直接的な接触を混乱なく成立させるためには、事前に周到な調査や準備が必要でしょう。宇宙踏査経験の豊富な宇宙人であれば、その膨大なノウハウに基き、ある程度ルーチン化して接触プロセスが進められるかもしれません。しかし、その一方で直接的な接触によらない、たとえばテレパシーや夢、暗示、気付きなどによっての接触あるいは交流が可能なのであれば、むしろこちらの手法がまず優先される可能性が大きいと思います。
結論的に言えば、地球外知性体の存在を想定するならば「汝自身を知れ」の格言どおり、まずなにはともあれ人間が人間自身を深く理解することが先決かもしれません。その過程で個々人がある認識の水準に達したとき「彼ら」を理解し、感じ、認知する目が開かれてくるのかもしれません。そのような目の開かれた個人が社会の中で一定の割合に達した時こそ「接触の時」であり、封じられた情報の解かれる日なのかもしれません。これは私の願望的な観測です。
1998/01/13
最大の障壁は宗教か
ヨーロッパでは通貨統合の準備が進められ、世界経済はドル、円、ユーロなどの主要通貨に統合化しつつあるようです。アジア圏も今後、日本の円を軸に統合に向かうかもしれません。ちょうどクレジットカードの使える加盟店の多い少ないによってそのカードの値打ちが左右されるように、世界経済はより汎用性の高い通貨を軸に統合されていくのかもしれません。
通信の分野でもインターネットの普及によって、情報に関しては事実上、国境は存在しません。イギリスのクロップ・サークルの最新情報を自宅のパソコンにリアルタイムで、しかもタダで呼び出すことができる時代になっています。
工業製品も各分野での国際規格化が進み、性能や互換性に関する統一化、標準化が図られています。今後はソフトウェアも汎用性、統一性を無視しては成り立たないでしょう。さまざまな化学物質も、無秩序な開発・拡散が引き起こす環境問題によって、その修復のために高い代償を払う結果になることが理解されると「環境保護規格」などという世界的な統一基準のもとに、化学薬品の合成、製造、販売がコントロールされるようになるでしょう。
人と人との交流の面では、国際結婚はめずらしいことではなくなりましたし、海外赴任や外国人の就労も増えつつあります。さまざまな面で今や「世界は一つ、地球は一つ」の傾向がますます加速化されていくように思います。
しかし、おそらくその最後に残りそうなのが「政治」と「宗教」「言語」の壁だと思います。この三つの「壁」が壊されるとき、世界は本当に一つになってしまいます。その壁の崩壊をあえて順番付けるなら、政治、言語、宗教の順でしょうか。政治面では曲がりなりにも国連という機関が既にあり、その調整機能が高まれば実質的な統一に向かうでしょう。言語は翻訳技術の高度化によって早晩、その壁が取り払われるでしょう。
が、最大の壁、宗教はそうやすやすとはいかないはずです。日本のようにマルチな宗教文化が浅く入り交じっている国では、それほど壁の厚さを感じないまま、信仰を文化や風習(祭礼・儀式・行事)の形で昇華させやすいかもしれません。しかし世界の多くの国では、その壁は厚く大きく立ちはだかり、社会や民族を分断し、血を血で洗う抗争の元にもなっています。
人はそれぞれが信じる神の名のもとに闘争心を鼓舞し、異教徒を排除し、復讐し、密告し、異端者を告発し、偽善をおこない、あるいは自己の命を捧げます。宗教のない星の住人から見れば、それは「狂気、すなわち非論理的な誤った行動プログラムによる暴走状態」と映るかもしれません。
地球外知性体はこのような「宗教の惑星・地球」を宇宙の中においてどのように評価し、位置付けているのだろうか。また、UFO・宇宙人情報を公開することによって、「神と人間」との関係にどのような変化を与えるのだろうか。
1998/01/15
一夜にして崩壊した指導者の偶像
戦時中は日本は特殊な精神状況に置かれていて、青年たちは「赤紙」といわれる「召集令状」届くと否応なく戦地に赴き、「お国のために」と自らの命を捧げたわけで、戦争という悲劇を個々の責に帰するのは酷だと思います。戦後、日本は兵役義務のない国になってしまい、戦いに命を捧げるような差し迫った状況を知らない世代が大半ですが、世界には徴兵制あるいは兵役義務のある国が数多くあります。そのような国の若者たちは「何のために」戦い、戦おうとしているのでしょうか。
ソ連崩壊後、人々によって国家指導者の像が倒されるニュース映像がまだ脳裏に残っています。あれほど絶対的な存在として君臨していた指導者の像が、今や偶像としてクレーンで吊り上げられ撤去されてしまったのです。崇高なるもの、聖なるもの、絶対的指導者と崇められるもの、それらはしょせん、その支配体制にとって都合の良いように描かれた偶像に過ぎないものなのかもしれません。巧みなプロパガンダによってイデオロギーや教義に操られていた人々が、ふとマインドコントロールから醒めたとき、その呪縛が解かれるのでしょう。
国と国との戦い、民族と民族の戦い、異教徒やイデオロギーの異なる体制との戦いに明け暮れている人々が頭上にただならぬ飛行物体の飛ぶ姿を認めたとき、人々は人間同士が血を流し、核ミサイルの照準を都市に向け破壊しあうことの無意味さを感じて我に返ることができるだろうか。
戦争が行われている場所、あるいは緊張の高まる場所でUFOが目撃されることも少なくないようです。米ソ冷戦の時代において双方が相手の新型機ではないかと疑った、つまり「観測気球」や「渡り鳥」「金星」「流れ星」などの誤認ではない、実在性のある未知の飛行物体と認められるようなものが、それぞれの早期警戒ラインを易々と越えて飛んでいたことは事実のようです。
レーガン、ゴルバチョフ両大統領の当時、双方が「宇宙からの共同の敵」に立ち向かう趣旨の話し合いをしたという話もエピソードとして伝えられています。両者とも今や政治の表舞台から去り、静かな日々を過ごしているようですが、この話の真意はいったい何だったのでしょうか。
もし「宇宙からの脅威」が現実のものとなったとき、それまでいがみ合っていた国同士、民族同士は互いに争いを止めて「共同の敵」に立ち向かうことができるのだろうか。また日本のように「平和の湯」にどっぷりつかってしまった国民が、そのような得体の知れない脅威に立ち向かっていくだけのサバイバル魂をすぐに取り戻すことができるのだろうか。
その時、人々は自分も含めて「何のために」「何と」戦うのか、確固たる認識を持つことができるだろうか。その正体は、必ずしも目にみえる実体として襲ってくる存在ではないかもしれませんが・・。
1998/01/18
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